第4講 M&A買い側企業担当者の心得
M&A買い側企業担当者の心得
買収はゴールではなく、PMI責任の始まりである
M&Aの買い側担当者は、企業の成長戦略を担う花形部署にいるように見えます。 しかし、本当に優れたM&A担当者は、案件を見つける人でも、買収価格をまとめる人でもありません。 買収後に、その会社を成長させる責任まで引き受ける覚悟を持つ人です。
M&Aは、クロージングで終わるものではありません。 むしろ、クロージングの後に、従業員、顧客、取引先、組織文化、収益構造を引き受け、PMIによって企業価値を高める経営が始まります。
目次
買い手企業のM&A担当者は、社内では特別な存在です。 経営戦略、財務、法務、税務、ビジネスデューデリジェンス、トップ面談、価格交渉、契約、PMIまでを横断して扱うため、企業の中でも高い能力と機密保持意識が求められます。
しかし、買い手側担当者が最も忘れてはならないことがあります。 M&Aは「買うこと」ではなく、「買った後に価値を高めること」によって初めて成功するという事実です。
1. M&A担当部門は、企業成長を担う花形部署である
一定規模以上の企業では、M&Aは経営戦略の中心的な選択肢になっています。 新規事業をゼロから立ち上げるには、時間、人材、資金、ノウハウ、顧客開拓のすべてが必要です。 その一方で、既に事業基盤を持つ会社を買収すれば、時間を買い、顧客を買い、技術を買い、人材を買うことができます。
そのため、買い手企業のM&A担当部門には、経営企画、新規事業、財務、法務、営業現場、外資系金融、コンサルティング会社など、さまざまな領域から優秀な人材が集められます。
M&Aは、経営・戦略・財務・会計・税務・法務・労務・組織運営の総合実務です。 担当者には、数字を読む力だけでなく、事業を見る力、経営者を見る力、組織を動かす力、秘密を守る力が求められます。
自社の成長戦略にとって、なぜその会社を買うのかを明確にする力です。
財務諸表、EBITDA、キャッシュフロー、成長性、リスクを読み解く力です。
買収後に、誰が、何を、どの順番で統合し、企業価値を高めるのかを設計する力です。
社内から見れば、M&A担当部門は、社長直轄の特命部隊のように見えることがあります。 しかし、その華やかさの裏側には、厳格な機密保持と、失敗した場合に経営責任を問われる重い現実があります。
2. 一定規模の企業にとって、M&Aは新規事業開発の現実的な手法である
売上規模が一定以上に達した企業では、新規事業を自社だけでゼロから育てることが難しくなります。 本業が成熟し、既存市場での成長率が限られる中で、次の成長エンジンを探す必要があります。
しかし、大企業が自社内で新規事業を立ち上げても、既存事業に匹敵する売上規模に育つまでには長い時間がかかります。 社内ベンチャーを立ち上げても、既存の組織文化、意思決定、評価制度、リスク許容度が障害になることもあります。
そこで、成長性のある企業を買収し、自社の資金力、信用力、販路、人材、管理体制を組み合わせることで、新規事業を短期間で立ち上げる戦略が有効になります。
ただし、買収すれば自動的に成長できるわけではありません。 買収対象企業には、独自の文化、顧客関係、社内の暗黙知、創業者の影響力があります。 それを理解しないまま、買い手企業の論理だけで統合を進めれば、M&Aは失敗します。
3. M&Aの本当の難しさは、PMIにある
M&Aの買い手側にとって、本当に難しいのは、買収先を見つけることでも、基本合意を結ぶことでも、最終契約を締結することでもありません。 本当の難しさは、クロージング後のPMIにあります。
PMIとは、Post Merger Integration、すなわちM&A後の統合プロセスです。 経営方針、組織、人事、営業、財務、会計、IT、ブランド、社内文化、取引先対応を整理し、買収によって想定したシナジーを実現するための実務です。
買収された会社の従業員は、突然、自分たちの会社の株主や経営陣が変わるという状況に置かれます。 「雇用は守られるのか」 「給与や評価制度は変わるのか」 「これまでの文化は否定されるのか」 「親会社から来る人は、自分たちを理解してくれるのか」 その不安を放置したまま統合を進めれば、キーマン離職、顧客離れ、組織崩壊が起きます。
- 買収目的を、買収先の従業員にも説明できるか
- 買収後の代表者・経営体制を決めているか
- 100日プランを準備しているか
- 人事制度・評価制度・報酬制度の扱いを整理しているか
- 主要顧客・取引先への説明方針を決めているか
- 親会社の管理体制を押し付けすぎない設計になっているか
- 買収先の強みを残しながら、どこを変えるかを決めているか
M&Aの失敗は、買収直後に表面化するとは限りません。 半年後、1年後、2年後に、想定したシナジーが出ない、利益が落ちる、社員が辞める、顧客が離れるという形で明らかになります。
M&Aの成否は、契約書にサインした日に決まるのではありません。
買収後に、対象会社の価値を本当に高められたかで決まります。
4. 買収価格を決めた担当者は、買収後の経営責任から逃げられない
M&A担当者は、案件を分析し、バリュエーションを行い、買収価格を社内に提案します。 その過程で、取締役会や経営会議に対して、「この価格で買うべき理由」を説明する立場に立ちます。
しかし、M&Aの買収価格に絶対的な正解はありません。 DCF法、EBITDA倍率、純資産法、類似会社比較法、類似取引比較法など、さまざまな評価方法があります。 それでも最終的には、買収後にどれだけ利益を生み、どれだけシナジーを実現し、投資回収できるかによって、その価格が正しかったかどうかが判断されます。
つまり、買収価格を主張した担当者は、買収後の結果と無関係ではいられません。 社内では、次のような声が出やすくなります。
これは、ある意味で当然です。 買収価格の前提となる事業計画、シナジー、利益改善、成長率を最も深く理解しているのは、M&A担当者だからです。
そのため、買い手側担当者は、M&A案件を進める段階から、「自分がこの会社の代表者として送り込まれる可能性がある」という覚悟を持つべきです。 他人事として買収を進める担当者に、本当に優れたM&Aはできません。
5. M&A担当者に必要な能力は、財務・法務だけではない
M&A担当者には、財務分析、法務理解、税務知識、契約実務、DD対応が必要です。 しかし、それだけでは不十分です。
買収後に対象会社を成長させるには、事業を動かす力、人を動かす力、組織文化を理解する力が必要になります。 財務モデル上は合理的でも、現場が動かなければPMIは失敗します。
財務諸表、EBITDA、正常収益力、キャッシュフロー、投資回収を分析する力です。
顧客、競争環境、成長性、シナジー、事業構造の強みと弱みを見抜く力です。
売り手経営者、買収先従業員、キーマン、親会社側人材の適性を見極める力です。
とくに中小企業M&Aでは、経営者個人の影響力が大きく、組織の仕組みよりも人間関係や暗黙知で動いている会社が多くあります。 その会社を買収した後に、誰が現場に入り、誰が社員を安心させ、誰が顧客と向き合い、誰が経営数値を改善するのか。 ここを設計しないM&Aは、成約しても失敗します。
6. PMI責任者になる覚悟が、買い手側担当者の質を決める
買い手側M&A担当者が本当に成長できるのは、買収後の会社を実際に背負ったときです。 買収先企業の代表者、取締役、PMI責任者として現場に入ると、机上のM&A分析だけでは見えなかった現実に直面します。
従業員は、親会社の理屈だけでは動きません。 顧客は、買収したからといって自動的に残ってくれるわけではありません。 売り手経営者が築いてきた信用、組織文化、営業の勘所を理解しなければ、買収先の価値は失われます。
M&A担当者は、クロージングまでのプロジェクトマネージャーで終わってはいけません。 買収後の企業価値向上まで見届ける経営者候補であるべきです。
7. 徳川家康になるか、明智光秀になるか
買い手企業から買収先の経営者として送り込まれることは、いわば新領地への国替えです。 これまでいた本社や事業部とは違う文化、違う人材、違う顧客、違う歴史を持つ会社に入り、その会社の社員から見られる立場になります。
買収先の従業員から見れば、親会社から来た新しい経営者は、最初はよそ者です。 場合によっては、買収先の文化を壊す存在として警戒されます。 その不安を受け止めず、親会社の論理だけを押し付ければ、PMIは失敗します。
歴史に例えれば、国替えを不満として受け止め、自滅の道へ進むのか。 それとも、新天地を自らの成長機会と捉え、そこで新しい基盤を築くのか。 M&A担当者が買収先の経営を担う局面には、この分かれ道があります。
買収先の経営を任されることは、左遷ではありません。 買収先を成長させ、親会社を超えるような事業へ育てることができれば、それは買い手企業の中で最も大きな経営成果になります。
M&A担当部門は、花形部署であると同時に、経営者として試される部署です。 その覚悟を持つ人材こそ、M&Aを本当の成長戦略に変えることができます。
買収は、企業を買う行為ではありません。
買収後に、その企業を成長させる経営責任を引き受ける行為です。
成長企業M&Aサービスのご紹介
強い成長を目指す企業と、投資によって新規事業参入を目指す企業を、資本提携・M&Aの手法で結びます
成長企業M&Aとは、成長期にあるベンチャー企業・中小企業と、投資企業・事業会社を結び、企業の飛躍的成長を実現するために、M&A、資本提携、マイナー出資、事業提携などを組み合わせる手法です。
URVグローバルグループは、単なる売却・買収の仲介ではなく、買収戦略、企業価値評価、ビジネスDD、トップ面談、契約交渉、PMIまでを見据えたM&Aアドバイザリーを提供します。



